里親になった日【ぼくの人生を変えた保護犬「ウディ」のこと #3】

里親になった日【ぼくの人生を変えた保護犬「ウディ」のこと #3】

毎週更新される『ぼくの人生を変えた保護犬「ウディ」のこと』。フリーライターの稲崎さんが、自身の体験をもとにしながら、いっしょに暮らす保護犬「ウディ」とのさまざまなエピソードを綴っていきます。今回のテーマは「里親になった日」についてです。

  • サムネイル: PECO編集部
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<以前の記事はこちらからどうぞ!>
犬を保護しようと思ったワケ【ぼくの人生を変えた保護犬「ウディ」のこと #1】
保護犬の探し方【ぼくの人生を変えた保護犬「ウディ」のこと #2】

#3 里親になった日

2012年10月8日。

この日、東急東横線の「自由が丘」駅周辺では、年に1度の「女神まつり」が開催されていました。女神まつりとは、毎年10月に自由が丘駅を中心にして、ステージ、フード、ショッピングなど、催し物などが満載の街フェスイベントのひとつ。

この年は、駅近くにある広い駐車スペースを利用し、いくつかの動物愛護団体による共同の「譲渡会」が開かれていました。

会場に足を運んだぼくは、初めて体験する譲渡会に少し圧倒されながらも、場内をひと回りしてみました。何十匹といる保護犬たちは、ほとんどが成犬ばかり。人が近づくとしっぽを振る犬もいれば、興味なく柵の隅で丸くなっている犬もいます。サイズも種類も様々ですが、その多くはミックス犬が多い印象でした。

数多くの団体が参加するなか、前日に数十匹の保護犬を車に乗せ、10時間以上かけて東京までやってきたという人に出会いました。

「ぜひ、抱っこだけでもしてやってください」

そう声をかけられたとはいえ、たくさんの犬の中から、1匹だけを選ぶのもまた難しい問題。ひとまず、いまの居住環境を考え、小型犬であること、老犬でないことを条件に探していると、たくさんの犬の中に黒くモジャモジャした犬が目に留まりました。

なぜその犬が気になったのか? その理由は、いまでもよくわかりません。あえて理由を探すなら、他のどの犬よりも自分の居場所がなさそうに、ソワソワしていたからかもしれません。あまり愛嬌を振りまくような犬ではありませんでしたが、スタッフが食事を運んでいると、自分よりも大きな犬に交じって、必死に食べ物にありつこうとする姿も印象的でした。

「あの黒いモジャモジャは?」と僕は思わず質問をしてみました。
「ああ、あの子は入ってきたばかりなの」と団体のおばさん。
「捨て犬?」
「あんまり詳しいことはわからないけど、売れないまま大きくなりすぎたからって、飼っていたブリーダーが困ってうちに連れて来たみたい。保健所に行かなかっただけ、まだ常識あるブリーダーなんだと思うわ」
「いくつなんですか?」
「たぶん3歳ぐらい? 愛嬌はないけど、とっても元気な男の子よ」
「……」
「もし時間あるなら、抱っこしてみる?」

はじめて抱っこしたときの印象は、いまでもよく覚えています。体格の割にすごく軽く感じたこと。まるでモップみたいな見た目で、顔の表情がまったくわからなかったこと。でも、モジャモジャした顔の奥には、純粋でつぶらな瞳が光っていたということ。

「あのー、里親の審査ってどうなっていますか?」
「審査? ああ、うちは特にないよ」
「え? ない?」
「地元にはもっとたくさんの保護犬がいてね。だから、できれば1匹でも減らして帰りたいのが本音なのよ」

もし犬の里親になりたいなら、この出会いが最初で最後だろう。ぼくは直感でそう思いました。そして、妻と少しばかり相談したあと、ぼくはその日のうちに、そのモジャモジャの犬を家に連れて帰ることにしました。

おばさんが「審査は何もない」といったように、ぼくたちが犬の里親になりたいと申し出ると、いくつかの書類にサインしただけで、引き渡しは驚くほど簡単に済んでしまいました。団体から手渡されたのは、予防注射の証明書と、電車で持って帰るためのショルダーケースとリードだけ。

会場をあとにした直後は、犬と暮らせる嬉しさで舞い上がっていましたが、家が近づくにつれ、その高揚した気持ちは徐々に大きな不安へと変化していきました。というのも、あまりに突然のことだったため、家には犬を迎え入れる準備が、何ひとつ整っていなかったのです。

次回はそんなぼくの経験から、保護犬を迎え入れるときの準備についてご紹介いたします。

文 / 稲崎吾郎

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