ボクとキャンプと愛犬の話
ボクが本格的にアウトドア・ライフを始めたのは、ある一本の映画に強く影響を受けたからである。その映画とは『Out of Africa』(邦題『愛と哀しみの果て』)。ロバート・レッドフォードとメリル・ストリープ共演の映画で、デンマークの貴族婦人であるヒロインが、新天地を求めてアフリカの地にやってきて、大自然の中でさまざまな体験をするのだが、その中のワンシーンで、2人が野外で昼食をとるシーンが登場する。2人ともエレガントなファッションに身を包み、蓄音機から流れてくるのはモーツァルトの「クラリネット協奏曲」。ワイングラスを傾け、フォークとナイフを使って優雅に食事する。当時の日本のアウトドア事情では、まったく考えられないようなゴージャスな世界である。
で、さっそくまねてみた。ボクは若い頃から料理は得意である。もちろんテーブルクロスも忘れない。ただ一点、映画のシーンと違っていたのは、傍らに愛犬がいたことだけだ。その当時のミックスの愛犬ウォッカは、素晴らしい仕事をしてくれた。ボクは愛犬には厳しい。基本的にはドッグフードしか与えないし、おやつも最低限。もちろん人間の食べるモノは絶対に与えない。
わが愛犬スパーキー。ゴールデン・レトリーバー系と秋田系のミックス。
顔は黒くて体は大きいが気はやさしい。ボクの「犬人生」の中でも最高のパートナー
あるキャンプ場に行ったとき、どういうわけか、ウォッカは隣に滞在していたキャンパーにとても懐いていた。主人はどっちなんだ? とあきれるくらいの懐きようだ。理由はすぐにわかった。隣のキャンパーにおやつをもらっていたのだ。しかもかなりおいしいモノを。ところがそのキャンパーは、当時、もっとも有名なアウトドア雑誌のグラフィックデザイナーだったのだ。その縁がきっかけで、ボクのアウトドア・スタイルを雑誌で取り上げ、8ページもの特集を組んでくれた。それを機にモデルの仕事よりアウトドアの仕事が増えるようになった。ウォッカに感謝感激雨(あめ)霰(あられ)である。
それ以来、ボクのキャンプには犬が欠かせない。ウォッカは随分と前に他界したが、ラブラドール・レトリーバーのナヴァホ、アイリッシュ・セターのタオス、そして今現在飼っているミックスのスパーキーと、いつも一緒に山を駆け回り、湖で泳ぎ、焚(た)き火のそばで寝そべっている。もちろん不審者が近づいてくると、吠えて警告をしてくれる頼もしい存在だ。
だが一度だけ、その優れた番犬ぶりに困ったことがあった。その夜、われわれは山の中でテントを張って眠っていた。そしたら夜中の1時ぐらいに、スパーキーが激しく吠え始めた。すぐに静かになると思ったが、まったく吠えるのをやめる気配がない。どうしたのかとテントからはい出ると、周囲の闇に赤い瞳が怪しく輝いている。30頭ほどの鹿に囲まれていたのだ。威嚇しても鹿は立ち去らないし、スパーキーも吠え続ける。われわれは諦めてテントを撤収して、真夜中に下山することにした。これがキャンプ場だったら大迷惑な話だが、逆にキャンプ場にはそんな大量の鹿は現れないだろう。
まあいいことも、ほんの少し困ったこともあるが、スパーキーがアウトドアの頼もしきパートナーであることは変わらない。そして何よりも、アウトドアでのフィールドでこそ、愛犬との絆をより強く感じるのである。
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プロフィール
木村東吉
ファッションモデル、エッセイスト、アウトドアライフスタイルブランド「5LAKES&MT」主宰。趣味でアウトドア活動を始め、おしゃれで洗練されたオートキャンピングブームの火付け役に。現在は河口湖を拠点に、富士五湖の魅力を発信している。
文=木村東吉
構成/小松﨑裕夏