【猫びより】【老いと猫】里山の樹木の下で愛猫と共に自然に帰るお墓(辰巳出版)
死んだ後、愛する猫と共に大地に眠れたら……。そんな夢を叶えてくれ、おまけに寺猫たちが墓守をしてくれる樹木葬の墓苑が、房総ののどかな里山にありました。(猫びより 2020年1月号 Vol.109より)
- 更新日:
美しき森
そこは、小鳥がさえずる樹々の間を風が吹き抜け、小漏れ日が煌めく小高い丘。「森の苑(にわ)」の名の通り、墓地というより、「美しき森」に足を踏み入れたかのようだ。
いったい何種類の樹木があるのだろうか。春には桜やハナミズキが、初夏には紫陽花が、秋にはモミジが、冬には椿が森を彩る。
春には、桜色で染まる墓苑
ひと群れの花に囲まれて点在するのは、小さな御影石(みかげいし)の墓碑だ。夫婦の名が彫られたもの、ペットらしき名がいくつも彫られたもの、人とペットの名が仲良く並んでいるものと、さまざまだ。
ここには、従来の「墓地」という暗さやしめやかさはまったくない。明るくて穏やか。眠っている者も墓参に訪れる者も、いつだって美しい四季の中に共に在る。
藪化防止のため個人植樹はできないが、墓碑の周りに1年草は植えられる(写真提供・真光寺)
かつては荒れ寺
千葉県袖ケ浦市の里山に建つ「瓦谷山(がこくさん)真光寺」は、開創から460年という曹洞宗の古い禅寺である。
25年前、現住職の岡本和幸・貴久代さん夫妻が、縁あってこの地にやってきたとき、荒れ草に覆われた庭は虫や蛇たちの住処、お堂もネズミの糞(ふん)だらけ。すぐにネズミ除けの子猫を愛護センターからもらってきた。「猫がやってきたおかげで、荒れ寺暮らしも楽しくなりました」と、貴久代さんは微笑む。
住職夫人の貴久代さんと猫たちが墓苑で朝の散歩
檀家さんたちと力を合わせ、コツコツと周辺の手入れに励み、里山の植生に連なる植樹を続けた。すると、みるみる荒れ地は美しい里山に甦っていった。
最初の猫「南無(なむ)」を迎えて以後も、迷い猫あり、押しかけ猫あり、通い猫あり、猫たちとの縁は途切れなく続いた。寿命を終えた猫たちは、この地に眠り、土に帰っていく。鳥や虫やタヌキたちと同じように。
樹木葬の丘
私たちは大自然に生かされて、大自然に帰っていく。仏教の教えに沿って、関東での先駆けとなった「樹木葬」の墓苑を開いたのは、14年前のこと。「大自然に包まれて眠りたい」と願う人々からの申し込みが相次いだ。
晩秋。紅葉が墓石プレートに美しく降り注ぐ(写真提供・真光寺)
あるとき、「ペットと一緒ではだめですか?」と聞かれた住職は、すぐに「いいですよ」と答えた。生きとし生けるものの命は等しく同じ。「家族」であったペットと共に土に帰りたいという思いは、ごくごく自然なことであったから。ペットと一緒のお骨埋葬は画期的なことだったが、申し込みが増えていったため、パンフレットに「ペットも家族として埋葬できます」と明記した。
死は怖くない
家族や親せきの埋葬では涙をこらえられても、愛猫や愛犬の埋葬では、号泣する人が多い。人間同士よりももっと魂の深く柔らかい素の部分で、飼い主とペットは「家族」として生きているのかもしれない。
9月の秋晴れの日。七日法要に集った人のうち、ペットの名前を刻んだ墓碑銘を持つ人は、4割くらいだった。
ドイツから帰国するたびに、夫と愛猫が眠るこの墓苑を訪れるという廣瀬地栄子(ちえこ)さんは、友人と墓石周りの花の手入れをした後、「いつ来ても、ここは気持ちいいわ」と里山の秋を楽しんでいた。
毎月七日の法要。戒名を授ける法要と故人の供養を行う
都内から夫とやってきた山田千佳さんは、亡き2匹の愛猫と自分が眠るための場所を、「野花の苑(にわ)」に用意した。墓碑には、自分の名の下に、「マイケル」「ボルド」と彫られている。2匹の遺骨は、自宅に近いメモリアルボックスに預けてあるという。
「2匹と一緒に眠れたら、という叶わぬ思いをずっと抱いていました。去年、この墓苑を知ってすぐに夫と共に見学に来たんです。ああ、ここで眠りたい、と即決でした」
亡き愛猫の写真を手にする山田夫妻
長男である夫は、家の墓に入ることになるが、妻の願いをこころよく理解してくれ、「ああ、ここはいいねえ」と言ってくれた。千佳さんがこの世の生を終えたときは、夫か娘が、愛猫たちと一緒に埋葬してくれる。
「だから、死ぬのが全然怖くない。あの子たちとまた会えるから」と、千佳さんの声は明るかった。
墓守は、6匹の寺猫
自然と共に学ぶことこそ、寺の務めとする真光寺では、里山再生や地域猫活動への場所提供、誰でも参加できる季節の会など、地域に開かれた諸活動に熱心に取り組んでいる。
そんなお寺の一員として、道案内や墓守に精出しているのが、6匹の寺猫たちだ。キジトラのクマチ、黒猫のワカメとヒジキは押しかけ3兄弟。田んぼに落ちていたリオ、死にかけを助けられた長毛のモキチ、シャーシャー言いながらもご飯を食べに通っていた黒白のペコは、去勢手術から帰ってきたら、いちばん愛想のよい案内猫となった。幻の山猫カミも入れれば、7匹だ。
モキチを抱く住職の岡本和幸さん
猫たちと墓苑で風に吹かれていると、ご住職の言葉が、しみじみと実感できる。
「『生』も『死』も、前がよければ今がいい。今がよければ後(あと)がいい。だからこそ、生き物を飼うことも含め、自分を支えるすべてのご縁に感謝して、よりよく生きていかなければなりません」
木や風となったたくさんの猫たちが笑いさざめいている声も聞こえてきそうだ。
「この木の下がいいわ」と即決したあの名女優、市原悦子さんも、夫と眠る
真光寺
千葉県袖ケ浦市川原井634
http://shinko-ji.jp
お問合せ・見学申込みは、真光寺 縁の会事務局(TEL 0438-75-7365)まで
文・写真 佐竹茉莉子