【猫びより】【特集 子どもと猫】セラピー猫ジューン(辰巳出版)
豊かな自然環境の中で子どもたちがのびのびと過ごす、のぞみ牧場学園。ある日ここにやってきた押しかけ猫「ジューン」は、誰にもフレンドリーで温厚な性格を見込まれ、アニマルセラピー猫として大活躍中です。(猫びより 2019年11月号 Vol.108より)
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動物と触れあう授業
青空の下、牧場では子どもを乗せたポニーがのどかに歩いている。羊やチャボは原っぱをお散歩中だ。厩舎(きゅうしゃ)の隣、ドアの前で犬が寝そべる教室に、瓜生(うりゅう)先生の明るい声が響いた。
「これから、動物さんといっしょのお勉強を始めます!」
「動物さんといっしょのお勉強」の始まり。ジューン、早くもスタンバイ
子どもたちの目が輝く。教室内には、犬3匹、猫1匹が自由に寝そべっているが、今日の授業の主役は、猫のジューンくんだ。
「ジューンにゴハンをあげます。できる人は、手にのせて『どうぞ』とあげてください。ちょっと怖いなあと思う人は、スプーンからでもいいし、お皿に入れて『どうぞ』でもいいです」
子どもたちはジューンと同じ目線で生きている
瓜生先生が猫缶を用意するや、ジューンくんが「にゃ~ん」と鳴きながら壇上に飛び乗り、スタンバイ。「やりたい人」の呼びかけに、「はーい」「はーい」と元気よく手が挙がる。スプーンであげたゆうまくん。手のひらであげたひなたちゃん。お皿であげたせなちゃん。「お皿で」と言っていたはるとくんは、先生から「スプーンであげてみたら?」と言われ、「がんばれ~」というみんなの声援を受け、スプーンにこわごわ挑戦し、やりのけた。
スプーンでの給餌、上手にできました!
ジューンくんは、ときどき催促がましい態度を見せたものの、お行儀よく、どの子からの「どうぞ」も、喜んで食べた。
大自然の中で
ここは、千葉県木更津市真里谷(まりやつ)にある、「のぞみ牧場学園」。社会福祉法人「のゆり会」の運営する、児童発達支援センターだ。ダウン症や知的障害、自閉症を持つ4歳から6歳までの子どもたちが通園バスで通ってくる。
動物たちは広い敷地内で自由に暮らす
理事長の津田望(のぞみ)先生は、英国で言語病理学を学び、アニマルセラピーを日本に取り入れた先駆者である。
「山々に囲まれたこの地に一目ぼれして、ここでなら、のびのびとアニマルセラピーや音楽療法、作業療法などを実践できると思ったんです」
道産子のフジに乗って、乗馬療育の個別指導を受ける園児
17年前の開園以来、馬、犬、猫、羊、ミニブタ、ヤギ、チャボ……といった動物たちが、ここで子どもたちに愛されて過ごしてきた。
「親に何でもしてもらっていた子たちも多く、入園したばかりの授業は、思い通りにならないことからくる諍(いさか)いなどもあります。でも、ほとんどの子が1ヶ月で落ち着きます」
抱っこもやさしく、触るのもやさしく
動物介在の授業で学ぶのは、乗馬や馬や羊の餌やり、犬の散歩などのほか、猫に関しては「餌やり、抱っこ、ブラッシング、寝床のお掃除、餌皿洗い、水の取り替え」などだ。お世話を通して、子どもたちは相手への接し方を育み、予測不能な動きをする相手の気持ちを考えて対応するようになる。
誰にもフレンドリーなジューンは、子どもたちを笑顔にする
「猫対自分」の感情が、「友だち対自分」「家族対自分」にまで及んでいき、ごく自然に「相手の嫌がることをしない」という対人関係の加減を学ぶのだという。
「多動の子が猫を見習ってじっと座っていたり、仲が悪い子同士が同じ猫をそっと撫でているうちに気持ちが通じ合ったり。そんな場面をいっぱい見てきました」と、津田先生は言う。
自然に芽生える思いやり
さて、授業はジューンくんのゴハン、厩舎にいる道産子の「フジ」とポニーの「ジュピター」へのゴハン(キャベツとニンジン)と続いた後、「お部屋で犬や猫と遊ぶ」時間に移る。
ポニーのジュピターにニンジンをあげる触れ合いも、アニマルセラピーの一つ
「ダグラス」は、開園時からいる老犬。「ナナ」と「ハチ」も、気のいい保護犬だ。子どもたちに囲まれてすっかりくつろいでいる。外に出かけていたジューンくんをゆうまくんが連れ戻しにいったのは「一緒に遊びたいから」と思ったのだが、ゆうまくんはこう話しかけていた。
「ジューンくん、お部屋のほうが涼しいよ」。
ブラッシングの仕方のモデルを務める老犬ダグラス
ジューンくんと遊びたいせなちゃんが、猫じゃらしの束を独り占めしてしまったが、「貸して」「貸して」という男の子たちに根負けして分けてあげている。そうまくんは、ジューンくんのブラッシングを始めた。首から背中へ、そーっとそーっと。それがいちばんジューンくんにとって気持ちいいことを知っているから。
ブラッシングしてもらって気持ちよさそうなジューン
園内には、5匹の猫が暮らしている。牧場や厩舎のある、丘の下のエリアではジューンくんの他に「マユ & ガーリ」兄弟が暮らす。遊戯室や指導室などのある建物が建つ丘の上では、子どもたちに人気の「トラジロウ」と引きこもりの「カスピ」が暮らしている。
動物飼育担当の瓜生先生とマユ。マユは、ガーリと共に駐車場に捨てられていた
授業への参加は、アニマルセラピーのために神から遣わされたような、子どもたちと過ごすのが大好きなジューンくんが喜んで引き受ける。
しあわせな猫が人をしあわせに
開園当時からいたヤギや猫やミニブタたちは、みな長生きをして、このところ次々と天国へ。ジューンくんが来る前はひとりで授業を担当していた元ノラ「ミミ」くんも、今年旅立った。園児たちにお葬式をしてもらって、大きなお墓にみんないっしょに眠る。子どもたちは、動物も自分たちも同じ地平に立ついのちであるけれども、それぞれの動物とは違う付き合い方があることや、それぞれに寿命があることを、自然に学ぶのだ。
理事長の津田先生とトラジロウ
津田先生には、「しあわせでない動物が、人をしあわせにすることなど絶対にできない」という信念がある。アニマルセラピーは、まず「ストレスのない環境を与えて愛情を注ぐ」という動物福祉あってこその療法なのだ。
寒がりトラジロウは、丘の上の事務室にいることが多い
7年前の6月に、ふらりとやってきて、そのまま居着いてしまったジューンくんは、学園の信条も、セラピー猫としての自分の天与の才能もよく解っていたのかもしれない。
帰りのバスを待つひとときも、子どもたちにに寄りそうジューン
午後2時。帰りの通園バスが、「バイバーイ」と手を振る子どもたちを乗せて坂道を下りていくのを、階段から見送るジューンくん。その後ろ姿には、友だちと別れる一抹の寂しさと共に、今日も仕事を楽しくやり終えたという満足感が漂っていた。
子どもたちを乗せたバスを見送るジューン。
「また、明日」
のぞみ牧場学園
千葉県木更津市真里谷2374-1
TEL 0438-53-5222
http://www.bokujougakuen.jp
文・佐竹茉莉子 写真・芳澤ルミ子