【平和な犬付き合いに必要なのは】負け犬、根性だ〜!!
負け犬って言葉にはいいイメージがない。ましてやそこに根性まで付いちゃって。でも実は、犬同士の関係を円滑に維持するための重要な処世術なのである。本当だろうか。(Shi-Ba 2018年1月号 Vol.98より)
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弱いから負け犬なのか、負けるが勝ちなのか
「負け犬根性」。決して肯定的な言葉ではない。女々しくて、いじいじしていて、影で文句ばっかり言っている。そんなネガティブなイメージばかりが付きまとう。だがここでは犬の行動を別の視点から見て、この「負け犬根性」を考えてみたい。
ケンカに負ける、というのは弱いから負ける、という実力差を表すことであるが、そればかりではない。「こりゃ勝てない、こいつには敵わない」とわかって、ケンカをやめることができる犬。それもまた「負け犬根性」だと考えられないか。
そのためには、自分の力を知っていることが大前提で、その上で相手の力を短時間で判断できることも必要。その能力を備えるためにはどうすればいいのか。中村先生は言う。
「社会化をきちんとすること。1歳まではケンカはさせず、自分をあしらってくれるような犬と接触させるなどは効果があります。最初は大きめの老犬などがいいでしょう」
柴犬は悪い習慣が抜けにくい犬だから、幼犬期の社会化はなお重要である、ともいう。
社会化できていれば、弱い犬は降参するという手段を持ち、強い犬も弱い犬には自制するという分別が備わる。
すぐケンカしてしまう犬 すぐ降参してしまう犬
ケンカっ早い犬はいる。売られたケンカは必ず買う犬もいる。逆にすぐに負けてしまう犬、降参する犬もいる。これは犬の性格や気質によるものなのだろうか。確かにそれもある。だがそれだけではない。
例えば、今までケンカして負けたことがない犬。こういう犬は負けという経験を知らないから、自分には敵わない相手と戦っても負けるとは思っていない。だからやられてもなかなか終えることができない。いずれ相手が降参すると思っているのだ。
しつけインストラクター 中村先生のケンカの見分け方
表情や勢いが遊びとは違う スイッチが入ると声が変わる
犬同士が激しく絡み合っている。これは遊びなのだろうか、それともケンカなのか。中村先生も素人には判断しにくいという前提で次の点を挙げてくれた。
「まず表情が明らかに違います。また、遊びの時は動作が大きいのですが、ケンカになると動作が速く細かくなります。当然遊びの時とは勢いがまるで変わります。それとともに声も一気に変わります。そのあたりに注意するといいでしょう」
茶太郎(左)「決して上には行かないの」
「それは降参のサインなのか」
【強】
強い相手には俄然燃え上がる。負けなしの犬であればなおさらヒートアップすることも。だがケンカに慣れている犬は、相手が弱いとわかれば降参のサインをすぐに受け入れる。
【弱】
力が明らかに違う、とわかった時点で「負けた」のアピール。方法は逃げるなどいろいろ。ケンカしていても常に相手の下に構えている時は、相手が強いことを認めているから。
勝ち犬・負け犬 Q&A
Q 負け犬はどんな行動をとる?
A あいつには敵わない、と理解する
負け犬はいつも戦って負ける弱い犬、という意味ではない。今回の企画では負けるな、とわかった時に身を引く判断ができる犬のことである。つまり、自分より相手が強いという判断ができるということなのだ。それは経験や学習から得られるもの。ケンカが始まってすぐに力の差を感じて身を引く、あるいはケンカする前から自制することもある。
Q ズバリ、ケンカの終わりって?
A 逃げるが一番、恥じゃない
では負け犬側はどのようにケンカを終わらせるのか。一番多い行動は、逃げること。相手から距離を置くことで身の安全を確保し、相手に戦う意思のないことをアピールする。よく言われる、お腹を見せる降参サインは、基本的にはお互いに関係ができている犬同士に見られやすい行動で、見知らぬ犬にそのような行動を取ることはめったにないという。
Q どんな犬が負けてしまう?
A 社会化できている犬こそ負け犬だ
物理的に力が強いほうがケンカが強い犬。これも一理だが、ここでは身を引くほうの犬について。自分からケンカを終わらせることができる犬は、自分が負けると判断できる犬。それは経験や学習から得られるものである。ただ、ケンカの経験は昨今ではそれほど多くないので、やはり幼少期からの社会化や学習によって様々な犬に触れることが大切なのだ。
【今回よく見られたサイン】ぶるぶる・あくび・ぺろり・白目など
ぶるぶると頭を振る行動は、自分に対して「落ち着け」と言い聞かせる、あるいは「イヤだ」という主張。あくびや口の周りを舐めるぺろりは極度の緊張感や恐怖心を覚えた時に出やすい。白目をむいた時もぶるぶる同様ストレスを感じた時に「冷静に」と自分や相手に対して発するサインだ。
No.1 ケンカ拝見
神奈川県 瀬沼 風(メス・9歳)
日々平穏を願ってるの
もともとはおとなしい性格で吠えることはなかった。だが、娘の海が生まれてから、そのやんちゃぶりに手を焼いて、吠えることが徐々に増えてきた。
神奈川県 瀬沼 海(メス・5歳)
別にケンカ好きじゃないよ!
人が好きでドッグランも好きだが、基本的には臆病。他の犬に対しては一定の距離を置いている。また、自分が一番じゃないとイヤなタイプ。
家での仲は悪くないのだがある行動がいつも火種に
箱根の芦ノ湖畔にあるお店で「看板犬」を務める風と海。店舗の前のウッドデッキにあるベンチが定位置で、座る場所はいつも決まっている。ある程度の距離を保って2匹はのんびりと過ごしているのだが、さて2匹を散歩に連れて行こうという時にケンカが始まることが多い。
風はベンチを降りるとすぐさま振り返る。海が本気で吠え始めたからだ。「移動する時や、車から降りる時にケンカが始まることが多いのです」と飼い主さん。
ケンカは100%海の方から仕掛ける。海は風のちょっとした動きなどが気に入らなくて、その結果ケンカに発展してしまうと飼い主さんは考えている。
「以前は本気で噛んでしまったこともありましたが、今はどんな時にケンカが起こるかがわかっていますから、そうならないよう2匹の行動には目をひからせています」
海が仕掛けると、風はそれを無視することもあれば、言い返すこともある。言い返すと、ケンカが始まる。
どちらかと言えば、風はケンカは避けたいという気持ちを持っているようである。しかし、ベンチを降りる時にケンカを仕掛けられることが多いから、ついいつもそれを警戒するようになった、という感じではないかと想像できる。でも海の方が容赦ないので、ついエキサイトしてしまう。
だが、決して仲が悪いということでもないようである。家に帰っても飼い主から離れたがらない風だが、2匹でくっついて寝ていることもある。どちらかが家にいないと、共にいつ帰るかを気にしていたりするという。
いくつかの行動がケンカスタートのきっかけになっていることは間違いない。飼い主はそれをきちんと把握している。トラブルを事前回避できていれば、問題ないとは思うが。
ケンカデータ
【勝敗率】100%海から仕掛け、そして勝つ
脚がぶつかるなど、ちょっとしたことでケンカが始まる。仕掛けるのは常に海で、風が言い返すと取っ組み合い。勝つのも常に海。
【結果】海が上に乗って、風を抑え込む
飼い主は2匹のケンカに慣れているので、始まりそうになると近づけない。目を離した時に始まると、最後は海が風を抑え込む。
【相手】大ゲンカは母と娘がほとんど
激しいケンカは風と海の間で起こる。散歩中に他の犬に対して海が突っ掛かりかけることもあるが、リードをしているので問題なし。
散歩中もお互いにお互いを気にしてる
風「なんか気になる~」
海「リード短くて前へ行けない」
風「気になって背中向けられない……」
海「なんなの!?」
風はしばしば後ろを振り返って、海の様子をチェック。海はそれがあまり気持ちよくなく、時折突っ込もうとする。
かと思えばこんなシーンも
海「一緒に写真撮ろうか」
風「ま、まぁいっか……」
気持ちが収まってくれば、隣に並ばせることもできる。飼い主さんもよくこうして仲良しのツーショット写真を撮る。
最強なのはやっぱり食べ物なのだ
海「オヤツオヤツオヤツオヤツ」
風「やっと気持ち逸れたのね」
オヤツが出ればケンカは二の次。風も欲しいのだが、海が前に出るので風は身を引いてしまう。
これが一触即発の事態 お互い厳しい表情だ
海「あ~また吠えちゃった~」
風「やっぱりまたこうなるのね」
風がベンチの上から降りようとした時に、ケンカが始まることが多い。その時の互いの表情は険しい。まだ距離があるから、風の方も負けずに唸りを上げる。ここで終わらせたい。
【負け犬サイン!?】距離を置くことで自らは仕掛けない
自分からは、基本的にはケンカを仕掛けない風。唸っているけれど、本当はやる気がない。そんなスタンスが、相手との距離に表れる。
番外
散歩中のご挨拶は風のみが友好的に担当
「キミはいつもおとなしいね」
風「ケンカはキライなの」
(海、吠えてる)
リードを離して2匹で散歩中、他の犬に会うと風がご挨拶。海は吠えることもあるので、少し距離を置いて冷静さを保たせる。
ここから降りると今日もまた始まってしまうのかな
極度の緊張感がもたらした連発のあくびに風の気持ちを知る
海「んじ~っ」
風「も~見ないで~」
2匹の間にスタッフが座って風をなでなで。どちらも人が好きで、撫でられることは嬉しいのだが、この時海は撫でられていないので嫉妬してガン見。
【負け犬サイン!?】ホッとしてる? まだ気持ちは緊張
あくびは緊張やストレスから生じる。じっと見られて緊張しているのだが、間にスタッフがいてお互いにリードもしているので安心!?
ケンカが終わる時
風「この距離を保てればOK」
海「今日はこれでやめにしよう」
定位置を確保できれば徐々に落ち着いていく
風がいつも座っているベンチの上に逃げる。そこまで海は行けない。この距離が少しずつ熱を収めてくれる。
うっ怖い袋だ
これはキライ
最後の手段はこれ 大きな音で気を引く
収まらない時は袋に空き缶などを入れて地面に落として音をたてる。おとなしくなれば、飼い主さんはほめてあげている。
中村先生よりコメント
おそらく習慣になっている なのでパターンを変えれば
だいたいケンカのきっかけが同じ。ということはその行動を起こした時に何か気に入らないことがあり、それでケンカになった。そのうち、その行動=嫌なことに直結し、習慣になってしまったのではないか。その習慣から反らせるために、パターンを変えた行動を試みてみれば、ケンカはなくなる可能性はあります。
No.2 ケンカ拝見
神奈川県 茶太郎(オス・1歳)
激しい遊びはケンカじゃない!
まだあまり怖いものがない茶太郎。なんでも飛びつき、さらには多少の拾い食いの癖があるのが悩み。ゴハンの食べムラもある。他の犬に会うとシッポを振って近づいていき、最後はお腹まで見せる。
怖いものなしの気質だが空気はきちんと読めている
茶太郎の遊びはかなり動きが大きく、激しく見える。ともすれば、遊びがエスカレートして我を忘れた状態になり、本気のつかみ合いになりかねない、という心配が出てきそうだが、茶太郎はそうならないようにと気を配っているようだ。
姿勢は常に相手より低く、度が過ぎる瞬間には自らお腹を出したり、相手を上に乗らせたりして「負け犬根性」を駆使して場を収めているように見える。これぞ「負け犬」の鑑ではないか、と感心してしまうのだ。
相手をする犬も茶太郎の意図を感じ取っているようだ。そのあたりは犬同士で通じ合うものがあるのだろう。
これは天性のものなのか。どっちにしてもなかなか得難いものである。
ただ、誰にでも通用する方法ではないことを茶太郎はわかっているようで、激しい遊びは仲良しの友達や「大丈夫」と感じた犬にしか仕掛けないようだ。はじめて公園であった犬とも、上手に接することができるのには脱帽。
ケンカデータ
【勝敗率】これぞ負け上手で試合巧者か
とにかく遊びが激しい茶太郎だが、単に数字で勝敗率を出せば、“負け”は100%に限りなく近い。あえて負けてるといった具合だ。
【結果】そこそこ楽しんだあとに収めてる
友達犬とせわしなく突っつき合って、最後は茶太郎が下になって負ける。今日はこれでおしまい、といった合図のように。
【相手】お隣の友達犬や散歩してる犬
隣に住む犬とは相性がいいのか、ケンカのように見えて実は遊び。散歩中に会う犬ともやり合うが、ほどほどで負けてあげる。
見た目は激しい応酬なのだが
源太「こんなことしちゃうのだ」
茶太郎「うっ、それはまだ大丈夫だ」
お隣の源太(オス・1歳)とは相性がいい。遊び始めると茶太郎はやられっぱなし。でもあくまでも遊び。激しいけど唸ることはない。
お互いに塩梅を心得ている
茶太郎「今日もまた楽しかったね」
源太「また明日遊ぼうね」
突っつき合いを満喫した後は、「今日はこのくらいにしようね、楽しかったね」という会話が聞こえてくるかのように、頬を擦り合って友情を確かめる。
【負け犬サイン!?】自分は下に 降参アピール
相当に負けてる、やられてる、それを示すのが体の位置。相手より下に入ることで暗黙の降参アピール。
まだ気は許さないです
気になるけどまだドキドキ
知らない人の行動に興味津々だが、まだ心許さず。多少の警戒心から飼い主の後ろに隠れる。
【負け犬サイン!?】心配な時は隠れて様子見
相手のことがまだよくわからないなど、不安要素がある時は、何かに隠れてじっと観察する。
お散歩前の大切な儀式は忘れないでよ
これがないと行きません
朝「お散歩行くよ」と言うと、まずゴロンとしてお腹を見せる茶太郎。お腹を撫でてあげると、ようやく出かける気持ちになる。
番外
お父さんしつこい、お母さんは味方?
どっちも信用できない!?
あまりにしつこいお父さんの遊びに、ソファの端に一時避難。本当はお母さんに逃げたいが、それも不安。
ケンカが終わる時
みんなが楽しんでくれるのがボクの楽しみだから負けるんだ
スイッチが入る前に相手の下に回る
茶太郎「ボクの負けだ 楽しめたかな」
「そこまでしなくても…」
かなり激しく絡み合っていても、感覚は遊び。過剰にエキサイトすることはなく、頃合いを見て自分から下に回って「負けアピール」をする茶太郎。だから終わる時は友好的で、負け犬根性が備わってる。
中村先生よりコメント
低い姿勢を取ることでケンカはしたくないと主張
トラブルの避け方を知っている子です。低い姿勢を取るということは、ケンカをしたくないということを主張しています。遊んでいる間も基本的には相手よりも低い姿勢で下に回っていることが多いので、その時点ですでに相手を立てている。相性のいい子との遊び方をわかっている感じがします。
ケンカが終わらない時の収め方も心得ておきたい
風も茶太郎もタイプは違うが立派な負け犬だった。風は海に対しての距離感を常に意識して行動している。これで一触即発の機会をできる限り少なくしようとしている感じだった。茶太郎は相手を立てつつ、自分から終わらせることができる。激しく遊んでいるけれども、常に下手でいることを忘れない。それが天性なのか、経験から得られたものなのかはわからないが。
ただ、もしケンカが始まってしまって、それが収まらないようであれば、その時は飼い主が間に入らざるを得ない。しかし注意が必要だと中村先生は言う。
「基本的には触ってはいけません。噛みつかれる危険性があるので、2匹を遮断できるものを間に挟んだり、水をかけたり、リードを引っ張るなどの方法でやめさせたいです。ケンカっ早い子の飼い主は、散歩時に大きめのカバンを持つようにすれば、それを間に挟むことができます」
ただ、リードの場合はそれが絡み合ってしまうと一層厄介な状況になってしまうので、首輪を掴めるのであればその方がベターだ。
これが負け犬根性!!
力関係を素早く理解して穏便に事を済ませられる手段を
どんな方法を取れば争いを収められるか、平和が戻るかを知っている。身を引くことでそれが得られるなら、それも良し。負け犬根性とはそのようなもの。その能力を備えるためには、やはり経験が必要なのだが、積極的にケンカはさせられない。そこが難しい。そこで経験豊富な老獪な犬に手加減してもらいながら負けを経験するのが望ましい。これも難しいが、それを経ることができれば、自制心が生まれるのだ。
Text:Takahiro Kadono Photos:Masayuki Satoh、Teruhisa Tajiri
監修:中村太先生
体罰を使わないイギリス式の家庭犬の育て方をベースに、犬の育て方やしつけ、トレーニングなどの指導を行っている。いぬのようちえん「ナカムラドッグスクール」も主宰。
☎ 04-7187-0928
http://nakamura-ds.com/