猫びより
【猫びより】【interview 私と猫】宇野亞喜良(辰巳出版)

【猫びより】【interview 私と猫】宇野亞喜良(辰巳出版)

(猫びより 2018年1月号 Vol.97より)

  • サムネイル: 猫びより編集部
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1950年代から60年以上もの間、第一線で活躍してきた人気イラストレーターでグラフィックデザイナーの宇野亞喜良さん。中でも、耽美的で官能的な幻想世界でこちらを見つめる物憂げな少女と表情豊かな猫をモチーフとした作品などは、猫好きならずとも世代を超えて根強いファンを持つ。80歳を超えてなお精力的に活動を続ける宇野さんが、初めて愛猫に捧げる絵本を上梓したと聞き、アトリエを訪ねた。

媚びないコケット

「猫を描くのは好きですね。ネコ科は共通してコケティッシュで女性性がある。人間に気に入られようとしていないところもいい。『媚びないコケット』っていうかね」と、宇野さん。
「藤田嗣治もよく女性や猫を描いたけれど、フジタの観察眼はすごいですね。猫の耳の両脇にある襞を正確に描いていたり、『猫(闘争)』の描写力を見ると自分はまだまだって気がします。人間や他の動物は背骨や関節の構造が想像しやすいけれど、猫は動きに“よじれ”があって単純に理解できないところがある。だからこそ猫って不思議で魅力的ですね」と言いながら、「左利きの魔術師」はペン先からササッと猫を生み出した。

アトリエはイラストだけでなく、宇野さんが手がけた立体作品やギニョール(人形)も溢れている

アトリエはイラストだけでなく、宇野さんが手がけた立体作品やギニョール(人形)も溢れている

ノミだらけの蚤太

夫婦ともに猫派。結婚して最初に迎えたのは、ノミだらけの野良猫「蚤太(のみた)」(のちに来客の手前を考えて「ノビタ」に改名)だった。そのノビタを’98年、闘病の末に14歳で亡くしてから「しばらくはショックで、とても次の子を迎えられる気分ではなかった」と、奥様の三枝子さん。新たな猫をようやく家族に迎える気になれたのは、5年後のことだった。

誇り高きジタン

猫の名はジタン(♂)。フランス語で流浪の民を意味する。音の響きだけでも宇野さんらしい命名だが、アビシニアンの血が混じったエキゾチックな風貌と、実際に北多摩で外猫の世話をしている知人に生後10ヶ月頃に保護され、獣医さんのお宅を経由して、宇野さんの自宅がある港区まで流れ着いたことからその名が付いた。 

性格は宇野さんに言わせると「根は優しいんだけど、プライドが高くてデリケート。保護当時も、他の猫たちの輪に入りたいのになかなか入れず、知人が『こっちにおいで』って声をかけたら飛んで来たそうです」。

『2ひきのねこ』より  スナコは実名で登場。おしゃまな「すなこ」と、どことなく迷惑そうなボンボンの表情がジタンの当時を想わせる

『2ひきのねこ』より

スナコは実名で登場。おしゃまな「すなこ」と、どことなく迷惑そうなボンボンの表情がジタンの当時を想わせる

ジタンの危機

ようやく安住の地を見つけ、ご夫婦の愛情も一身に受けていたジタン。しかし’11年、猫生最大の危機が訪れる。天真爛漫なアビシニアンの子猫、スナコ(♀)がやってきたのだ。

三枝子さんによると、「ジタンは私が庭に来る野良ちゃんにご飯をあげたり一時避難で家に上げても、自分の生い立ちもあってか、外の子には寛容で怒ったことがなかったんです。よくオスでも面倒見のいい子も多いって聞くし、ジタンも喜ぶかなと思って『妹よ!』って子猫を見せたら、私に向かってハーッて激怒して部屋から出てこなくなっちゃったんです」。

突然の出来事に高熱は出るわ、ストレスで声は出なくなるわ、ジタンの災難は続いた。
「だからスナコっていう名前もジタンが最初に覚えて、僕らが呼ぶと当の本人は知らんぷりなのに、ジタンの耳が即座に反応していましたね」。

ジタン8歳。ちょうどスナコを迎えた頃。どことなく優しくデリケートな性格が窺える表情  (写真提供:宇野亞喜良)

ジタン8歳。ちょうどスナコを迎えた頃。どことなく優しくデリケートな性格が窺える表情

(写真提供:宇野亞喜良)

窮余の一策

一方そんなことはお構いなしに、お転婆盛りの砂色の妹はみるみる成長し、今までジタンしか登れなかった高台のテリトリーも無邪気に侵略していった。

苦境に立たされたジタンはというと、「それまでとってもお利口で、爪もおとなしく切らせていたのにスナコの前で聞き分けのいい姿を見られるのを嫌がるようになったんです。今までは上がると怒られていたテーブルもスナコが勝手気ままに行き来するのを見て、『自分にもその権利があるんじゃないか』っていう顔で上がるようになってしまった。だから僕もジタンだけ叱れなくなっちゃったんです(笑)」と宇野さん。

何よりの策(?)は、すっかり甘えん坊に変貌したこと。「昔は『もっとノビタみたいに甘えてくれたらいいのに』なんて夫婦で話していたぐらいそっけなかったのに、今では私の胸の上に乗って鼻と鼻がくっ付くぐらい顔を近づけ、『どうして? 心変わりしたの?』とでも言いたげな、胸を締め付けるような顔でじぃっと見つめてくるんですよ」と三枝子さん。

来たばかりのスナコ。目を爛々とさせ、長いしっぽを立てて楽しいことを探す  (写真提供:宇野亞喜良)

来たばかりのスナコ。目を爛々とさせ、長いしっぽを立てて楽しいことを探す

(写真提供:宇野亞喜良)

待望の猫絵本

仲間内で猫談義が始まると、そこでも話題はついスナコに……。
「決してジタンをおざなりにしていたわけじゃないんです。だけど皆に『ジタンの話もしてあげて!』なんて言われることもありました(笑)」。

そんな折、スナコが子猫の頃に高い所から下りられなくなったので抱っこして下ろしたら、ジタンも同じ所にわざわざ上がって、じっと抱っこされるのを待っていた――というエピソードを偶然聞いた編集者の佐川さん。「もう切なくなってしまって。これはジタンのためにも、宇野さんに描いてもらうしかない! と思いました」。そうして待望の猫絵本『2ひきのねこ』は生まれた。

「スナコが仰向けで足先を丸めた寝姿は、まるで内股の少女がエスカレーターを上るみたいでしょ」と宇野さん

「スナコが仰向けで足先を丸めた寝姿は、まるで内股の少女がエスカレーターを上るみたいでしょ」と宇野さん

宇野ワールド全開

ももちゃんとボンボン。ふたりだけの幸福な日々にチビ猫“すなこ”がやってきて……。ちょっぴり切なくて胸がチクリと痛むけれど、読み終えた後にはじんわり心に灯りがともって、愛猫をぎゅうっと抱き寄せたくなるような愛おしさに包まれる。猫が全身で嬉しさや寂しさを表現する様を描きだせるのは、宇野さんならでは。ももちゃんたちが纏(まと)うロマンティックなワンピースやアクセサリー、街角のカフェにはさりげなく彼らを見つめるコクトーやピカソの姿もあって、まさに宇野亞喜良ワールド全開だ。

『2ひきのねこ』より  もちろん、ももちゃんのモデルは奥様。「私の方がよっぽど猫といるのに特徴をよく捉えてるなって感心します。いつ見てるの? ってぐらい(笑)」

『2ひきのねこ』より

もちろん、ももちゃんのモデルは奥様。「私の方がよっぽど猫といるのに特徴をよく捉えてるなって感心します。いつ見てるの? ってぐらい(笑)」

愛すべき2ひき

最近ではお気に入りの椅子を巡っての椅子取りゲームがふたりの日課。
「たまにスナコが寝っころがってジタンに上目遣いでしなを作るような時もあって、そんな時ジタンはやれやれって感じの顔をするんですよ。この間なんて、スナコが寝てる間にこっそり猫パンチしていましたから」
 
14歳と6歳。“もうすっかりおとな”な2匹だけれど、きっとスナコが幾つになろうと、ジタンにとって彼女はこの先もずっとずっと愛すべき小娘に違いない。

お転婆盛りのスナコはとにかくジタンにかまってほしい。この後スナコが飛び掛かって組んず解れつに  (写真提供:宇野亞喜良)

お転婆盛りのスナコはとにかくジタンにかまってほしい。この後スナコが飛び掛かって組んず解れつに

(写真提供:宇野亞喜良)

手早く左手を動かしながら「猫は大体2匹がモデル。これは目元はスナコ、模様はジタンかな」とのこと

手早く左手を動かしながら「猫は大体2匹がモデル。これは目元はスナコ、模様はジタンかな」とのこと

愛すべき2ひき


『2ひきのねこ』

『2ひきのねこ』


ブロンズ新社 1,400円+税
ももちゃんとぼくの幸福な日々はずっと続くと思っていたー。愛猫の実話に基づく待望の描き下ろし絵本。猫好きのみならず、妹や弟ができた子どもたちにもおススメ。ヒグチユウコさんの愛らしい推薦帯付き!

Aquirax Uno
’34年名古屋生まれ。イラストレーター、グラフィック・デザイナー。
横尾忠則や和田誠らと共に50年代からイラストレーション界を牽引。寺山修司主宰の「天井桟敷」をはじめ、舞台美術の世界でも活躍。'99年紫綬褒章、'10年旭日小綬章受章。最近では資生堂とのコラボレーション「マジョリ画」が話題になるなど、今なお第一線で活躍を続けている。

文・高橋美樹 写真・安海関二

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