【Shi-Ba】地域活性化の場に柴犬あり! 古き良き建築を活かし 新しき良き交流を生む
趣ある宮造りの銭湯が、釣堀に!? おまけに看板犬は、日本犬!? 魅力的なキーワードにつられ「旗の台つりぼり店」に足を運ぶと、そこは老若男女が集まり、交流する極楽空間だった。建築の力と経営者の懐の深さが絡み合った、店舗の魅力に迫ってゆこう。(Shi-Ba 2019年5月号 Vol.106より)
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愛らしい日本犬が迎えてくれる昭和の粋が詰まった釣堀を発見!
旗の台つりぼり店は、不思議な場所だ。威厳がある唐破風づくりの入り口と、「荏の花温泉」と書かれた古びた看板。外観は、昭和の古き良き銭湯。だが、一歩入ると、心地よい違和感に包まれる。
かつて人が浸かった浴槽は魚が泳ぐ掘りになり、脱衣場は、当時の雰囲気そのままに鉄板焼き屋とバーに変貌しているからだ。
玄関をくぐるとすぐに、大きな水槽で泳ぐ魚がお出迎え。
そしてこちらに走り寄ってくる日本犬。人懐っこそうな目を向け、口にはボールをくわえている。看板犬のこうめ(メス・5歳)だ。「遊んで!」ということなのだろう。犬がいれば空気も和む。
女湯からメス柴が登場。中に入ると靴箱がそのまま残されており、靴箱の役目を今も果たしている。
迎えてくれた代表の柳田久光さんの表情も柔らかい。本職は柳田工務店の社長で、大工さん。事務所は釣堀の2階にある。
天井が高く、圧迫感がないので、くつろげる。
「ここはやりたいからやってるんです。儲けを考えたら、怖くてできません。いろいろな人が集まって、安心して遊べる空間を作りたいだけなんです」と、豪快に笑う柳田さんを見てこう思う。この人、只者じゃないな。
現代
減少の一途を辿る銭湯。荏の花温泉も平成10年に惜しまれつつ銭湯の役目を終えたが、柳田さんの手によって釣りと食事ができる複合型施設として生まれ変わった。こうめも接客を頑張っている。
こう見ると、銭湯だ。だが、浴槽の中には多くの魚が泳いでいる。
魚を釣ったらこうめも大喜び 大人も子供も犬も楽しめる桃源郷
店内ではこうめが自由に動き回る。こうめは普段は柳田さんの自宅で家族と共に暮らしているが、土日祝日は出勤する。撮影日は平日だったが、週末は子供や大人たちの活気で包まれる。
「ここにいると、あちこち挨拶に行ったり遊んでもらったり楽しそうです」
ここはこうめの第2の我が家。けっこうリラックスしている。
こうめには天性の人懐っこさがある。
「基本的にリードはしていませんが、絶対に噛まないです。犬を怖がる子供がいる場合は、番台に座らせます。じっとしていますよ」
釣りの準備をしている柳田さんを興味深そうに見つめるこうめ。
釣堀の料金は、子供は1時間500円、大人は800円。その料金設定の安さも客を喜ばせるが、もう一つ、こうめからのサービスも人気。お客の竿に魚がかかると、一緒に喜んでくれるのだ。誰かの釣り竿がしなるとすぐに反応して颯爽と走り寄り、隣でその行く末を見守る。バチャバチャ音を立て、魚が上がってくると、「釣れたー!」という感じでこうめも嬉しそうな表情を見せる。
また、脱衣所にある鉄板焼き笑山は、釣りをしなくても利用できる。家族連れの場合、子供が釣りをしている間、大人たちはもんじゃを食べたり、お酒を飲むことも。食事をする客を見つけると、こうめは足元にピタッと座り物欲しそうに見上げる。
「よく考えると、普通は飲食店に犬がいると、クレームが出ますよね。でも、ここは誰もクレームを言わない。多分、建築の力じゃないかな。この空間にいると、心が寛容になるっていうか」
安く遊べて、お酒も飲める 子供にも大人にも、ここは桃源郷
スピーカーからは、80年代のポップスを中心に、五木ひろし、中森明菜などの昭和感溢れる楽曲が。たまに洋楽も流れるが、その意外性もまた乙なものだ。音楽がこの建築に漂う趣を、倍増させる。客からのリクエストも受け付けている。浴槽で泳いでいる魚は、鯉。女湯の浴槽は背が高いので大人向け。男湯の浴槽は背が低めで、小さな子供や座って釣りたい人向け。同じくらいの大きさの鯉が泳いでいる。
「続けて!」と、懇願が続出 お客さんに求められるから……
以前は近所にある他の銭湯で釣堀を運営していたが、立ち退きで、今の場所に移動した。それをきっかけに、釣堀は経営が大変なのでやめようと思っていたのだそう。しかし、お客さんが辞めさせてくれなかった。「いつ始めるの?」というメールをたくさんもらったのだ。求められて続いている。釣った魚は持ち帰れないが、釣った数だけポイントがたまり、景品がもらえる。ぜひ挑戦してみて!
鉄板焼き笑山
鉄板焼き笑山では、お好み焼き、もんじゃ焼き、焼きそば、絶品唐揚げなどが提供される。釣りをしないお客さんも利用可。釣りを見ながらの食事もいいものだ。ワインや焼酎など、お酒の種類も豊富。おひとり様でも、こうめが相手をしてくれる可能性があるので、心配はいらない。
過去
宮造りの銭湯は、東京近郊でよく見られるが、その建築には、宮大工の高い技術や粋な精神が込められている。それを守るという使命感も、柳田さんが旗の台つりぼり店を経営する理由のひとつだ。
温泉の看板も当時のまま。
宮大工の技と、粋な心意気が銭湯建築を宮造りへ昇華させた
「建築を残したい」柳田さんが銭湯で釣堀をはじめた理由の一つだ。昭和36年に建てられた荏の花温泉。釘を使わない伝統的な方法で宮大工が建てたものだ。まず、特徴的なのは屋根で大きな三角形の千鳥破風、入り口には反り返った唐破風がしつらえてある。まるで神社仏閣のようだ。このタイプの銭湯は東京型と呼ばれている。
入り口の豪華さに、宮大工の矜持を感じる。
その発祥は関東大震災の復興期。宮大工が、今までにない豪華な銭湯をと、宮造りの銭湯を建てたのが始まり。背景には落ち込む庶民を元気付けたいという願いがあったのかもしれない。この様式は人気を呼び、その後東京では、銭湯の定番様式として広まっていった。
懐かしさを感じる書体。
随所に宮大工のこだわりが施されている。例えば、脱衣所は開放感を持たせるために高い天井。
「ほら、これハリと大黒柱だけでもたせてるんですよ。そうすることで、広く空間を使える。最近の建築だと、柱を何本も立てないと支えられない。ちなみに瓦が15t乗ってるけど、それを支えているんです」と柳田さん。
天井の高さが、開放感を与える。
当時から使用している体重計。何人の体重を測ってきたのだろう。
銭湯のタイルの模様。モダンな感じがする。
また、入り口に神社仏閣様式の唐破風を設けている理由は、諸説あるが「そこをくぐれば極楽」というものもある。昭和の職人の粋な精神が、銭湯建築には宿っているのだ。
「これほどの技術を持つ職人さんも、今ではほとんどいないです。だから、もう銭湯ではこの建築様式は採用されないでしょう。その意味でもすごく価値があるし、大工として守る使命感も持っています」
これだけあると自分の靴の番号を探すのも大変。
番号のインクが褪せた木札。
子供達はこれを読んでマナーを覚えた。
この鏡の前で、大人も子供も、髪や体をゴシゴシ洗った。
懐かしのひよこのオモチャ。
東京の銭湯といえば富士山の絵! これにも訳がある
描かれているのはペンキ絵師の巨匠、早川利光さんによる作品。銭湯でのペンキ絵の発祥は、大正元年。入浴する子供を飽きさせないために描かれたという。子供を連れた親は、子供に絵を見せることで、ゆっくり湯につかれた。それが人気を博し、関東に広がった。モチーフに富士山が多い理由は、諸説あるが庶民に人気で、幸せの象徴だからだと言われているが果たしてどうなのだろうか。
柳田さんに抱っこされるのが好き。
脱衣を置くカゴ。東京は、丸みを帯びたものが多いが、関西は四角い形状が多い。
値段表もそのまま残している。
なぜ番台から男女の脱衣所を見おろせるのか?
最近はほとんど見ないが、昔の銭湯には、中に入るとすぐに番台なるものがあった。少し高い位置にある番台に座る番台さんに入湯料を払い、男湯、女湯に分かれる。番台に座ると、両方の脱衣所が見下ろせる。見られているようでちょっと嫌という人もいるが、実はこれ「覗きたい」という下心ではなく、防犯のためだった。番台さんが見ているのは、着替えではなく「脱いだ服や財布を盗まれていないか」だったのだ。
番台の木色も趣がある。
銭湯の歴史
銭湯の起源には仏教が大きく関係している。水を浴び身を清める沐浴が広まり、街にまだ銭湯もない時代、仏教の布教を目的に寺院で市民を入浴させた。
また、文献に「室町時代には、大人も子供も沐浴を好み、街に銭湯があり、大家には湯殿があった」という意の記述がある。
江戸時代の江戸では、武士や庶民に銭湯が広がった。当時の銭湯には、風呂屋と、湯屋の2種類があった。風呂は蒸し風呂を指す。部屋に熱を送り込んで、温度を高め入浴した。湯屋は、浴槽の水を加熱し、入浴するタイプのもの。ちなみに江戸時代の銭湯第一号店は、東京駅のすぐ近くにあった。
江戸時代は、粋な銭湯文化が生まれた。風呂に入りながら三味線を聞いたり、銭湯がない地方に住む人のために、船による移動式銭湯が生まれた。大正時代は、浴槽が木製からタイル張のものに。昭和は洗い場にカランが取り付けられるように。長い年月をかけ、銭湯のスタイルが出来上がっていった。
人情や寛容さ。粋な心と美意識 昭和の空気感が詰まった極楽
今も昔も変わらない交流の場 その役割を守っていきたい
旗の台つりぼり店では、常に交流が生まれる。地元の祭りの打ち上げで利用されることもあるし、子供達は常連の大人に釣りのコツやマナーを教えてもらい、少し成長する。かつて身分を超えた交流の場として機能してきた銭湯。その役割を、柳田さんは「変えたくない」という。
「落語や音楽ライブも、ここでやっていきたいんです。障害を持つ車椅子の子供たちも来るので、バリアフリーに改装しています」
こうめに会いにくる人もたくさんいるが、自然に人が集まるのは、柳田さんの懐と人情の深さゆえか。銭湯建築、釣り、食、犬。この組み合わせが放つ吸引力は凄まじい。
旗の台つりぼり店
釣りと、食事を楽しめる複合施設。
■住所 東京都品川区旗の台2-4-4
※営業日は店舗Webサイトをご確認ください。
http://www.yanagidakoumuten.com/turibori/
index_turibori.html
参考文献:『銭湯の謎』町田 忍著(扶桑社)
Text:Daizo Okauchi
Photos:Minako Okuyama