猫びより
【ハンデに負けニャイ!】俺の生き方は曲げない! キャサリン

【ハンデに負けニャイ!】俺の生き方は曲げない! キャサリン

下半身の自由を失い、飼い主から「幸せになれないから」と安楽死を望まれた一匹のオス猫。それでも彼は、新しい飼い主のもとで幸せをつかんだ。落ち込みもせず、卑屈にもならず、今まで通りの生き方のままで。(猫びより 2017年9月号 Vol.95より)

  • サムネイル: 猫びより編集部
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下半身不随でも幸せになれる

その猫は、尻もちをついた姿勢のまま力強くフローリングの上を動き回っていた。初見の来客を鋭くにらみつけながら。目には歴戦のボス猫のような気迫がみなぎっていた。猫の名はキャサリンという。女性の名だが10歳のオスである。

飼い主の鈴木さんは獣医師で、自治体で動物関係の仕事をしている。それ以前は、動物病院に勤務していた。出会いは8年前、前の飼い主が動物病院に連れてきた時のことだった。3日ほど行方不明になった後、よその家の物置で鳴いていたところを保護されたそうだ。目立った外傷はなく、食欲旺盛だったが、事故に遭ったのか下半身が全く動かない状態だった。

下半身を引きずりながら走るキャサリン。意外に素早い

下半身を引きずりながら走るキャサリン。意外に素早い

その飼い主は、慣れない排泄補助と、外に出ては尻を引きずって下半身が傷だらけになる姿に心が折れたのかもしれない。初診から40日目に安楽死させてほしいと申し出た。外国人で、文化の違いからか、猫は家の外と中を自由に行き来させて飼うものだと思い込んでいたらしい。安楽死を望んだのも、キャサリンが幸せになれないからという理由だった。対して、鈴木さんの先輩獣医師は、こう言い放った。
「こういう体になっても、この子は幸せになれます。うちで引き取りますので、お帰りください」

キャサリンの寝床は鈴木さんの股の間。少しでも足を動かすと、噛みついて抗議するとか。この不敵な面構えなら納得

キャサリンの寝床は鈴木さんの股の間。少しでも足を動かすと、噛みついて抗議するとか。この不敵な面構えなら納得

その日からキャサリンの動物病院暮らしが始まった。鈴木さんは、実質的な世話係に落ち着き、キャサリンもよく懐いた。そのためすっかり情が移ってしまい、現在の仕事への転職を機にキャサリンを引き取ることになった。人が好きなのに、いつも動物病院で孤独な夜を過ごさせるのが不憫になったのも決断の理由だった。

最初の3日ほどは物陰に隠れていたキャサリン。その間も出される食事は完食、その後は、我が物顔で鈴木家に君臨することになったのだが……。

鈴木さんの愛情を一身に受けながらもこの表情。ソファの下には年上の後輩猫で喧嘩仲間のにわちゃん(15歳♀)が潜む

鈴木さんの愛情を一身に受けながらもこの表情。ソファの下には年上の後輩猫で喧嘩仲間のにわちゃん(15歳♀)が潜む

面倒見のいい暴れん坊

公務員になった鈴木さんは、漁業が盛んな地域での勤務を数年経験している。もちろん、キャサリンも一緒。そこで鈴木さんは、ある地元の漁師と親しくなる。彼は筋骨隆々の巨漢で、声が大きく、猫好きだった。「よう、キャサリン!」と、よく鈴木家に遊びに来たそうだ。そんな時、キャサリンは一目散に逃げ去るのだった。いろいろな来客に対する反応を総合すると、マッチョマンと声の大きい男性が大の苦手らしい。

網戸を突き破って2度も脱走して、鈴木さんを狼狽させている。自宅に近づいてきた近所の地域猫を追いかけたのかもしれない。前脚だけで階段を降りて30mほど走ったものの、階段を登ることはできずに助けを求めていたところを確保したそう。転勤先から戻った現在でも、鈴木さんがボランティアで“生意気な成猫”を預かると、臆することなく向かっていく。

できないことがあれば、何の遠慮もなく鈴木さんを頼る

できないことがあれば、何の遠慮もなく鈴木さんを頼る

動く物に執念を燃やし、羽根のついたオモチャに飽き足りず、ゴキブリを仕留めたこともあった。力強い動きは、後ろ脚を補うために前脚の筋肉が隆々と発達しているから。おかげで「採血前に抵抗されると大変」と鈴木さんは苦笑する。

反面、子猫が大好きで面倒見がよく、鈴木さんが子猫を預かることがあれば、飽きるまで遊んであげた上、ビショビショになるまで舐めまくる。転勤先で飼い始めたムロアジというメスの同居猫も、そんな深い愛に包まれて子猫時代を過ごした。今でもキャサリンはムロアジを子猫だと思っているようで、舐めようとするらしい。相手は成猫なので、いつも逃げられるのだが。

手がかかる分愛情も深まる

元気いっぱいに暮らしているとはいえ、下半身が動かないキャサリンには、日常のケアと気遣いが欠かせない。

「まず一日2~3回排泄補助をします。難しいのは、排尿の間隔を空けられないこと。例えば、朝6時にオシッコを絞って夜9時に帰宅すれば、15時間もオシッコを貯めることになり、膀胱炎の心配が出てきます。できるだけ絞るタイミングに気をつけ、定期的に尿検査をしています」と、鈴木さん。長期間の旅行はキャサリンと暮らしはじめてから控えているという。

最初は嫌がったそうだが、今では排泄補助もおとなしく受け入れるキャサリン。

最初は嫌がったそうだが、今では排泄補助もおとなしく受け入れるキャサリン。

まず、人間用のトイレで用を足し、尻尾を通すための切り込みの入った人間の赤ちゃん用オムツをはかせ、その上からカバーをかけて完了

まず、人間用のトイレで用を足し、尻尾を通すための切り込みの入った人間の赤ちゃん用オムツをはかせ、その上からカバーをかけて完了

まず、人間用のトイレで用を足し、尻尾を通すための切り込みの入った人間の赤ちゃん用オムツをはかせ、その上からカバーをかけて完了


まず、人間用のトイレで用を足し、尻尾を通すための切り込みの入った人間の赤ちゃん用オムツをはかせ、その上からカバーをかけて完了


さらに、グルーミングができないキャサリンは、痔になることが多く、肛門が切れて腫れることも。そんな時は、抗生物質の入った軟膏を塗っている。留守中、コードが体に絡まって動けなくなることもあるので、外出前に家中のコンセントを抜いて丸めなければならない。しかし、手がかかるからこそ、キャサリンへの愛情は特別に深いそうだ。

また、それ以外の面では、盗み食いや高い所でのイタズラもなく、壁での爪研ぎや尿スプレーもできないため、むしろ手がかからないそう。排泄は人間用のトイレを使うので猫砂は不要である。

妹分のムロアジ(6歳♀)と。揃って元気がいいので脱走されるのが心配。2匹にはマイクロチップを挿入して非常時に備えている。

妹分のムロアジ(6歳♀)と。揃って元気がいいので脱走されるのが心配。2匹にはマイクロチップを挿入して非常時に備えている。

「半身不随の猫を飼うのは、飼育経験豊富で、気兼ねなく動物病院に行ける人なら、さほど難しくないと思います」と語る鈴木さん。キャサリンには、大事なことを教えられたという。

「悲観的になるな、と。彼はどんな状況も悲観しないし、常に前向きですからね」

置かれた状況の中で、自分が好きに生き、自分の体がどうなろうと絶対に生き方を曲げない。そんな猫という生き物の気高さを、キャサリンは体現しているようだ。

写真・芳澤ルミ子 Text by Minoru Saito

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