【猫びより】【特集 猫の最前線】最新猫研究① 猫は自分の名前を認識している(辰巳出版)
ちょっとつれない性格は猫の大きな魅力。ただし実験に協力的ではないことが災いして、猫の研究はこれまであまりされてこなかった。犬の研究はかなり進んでいるというのに、なんだか悔しい。(猫びより 2019年7月号 Vol.106より)
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そんな中、猫のかわいさや賢さを研究している上智大学の齋藤慈子(あつこ)先生が、『ネコが自分の名前を認識している』ことを科学的に立証したというニュースが飛び込んできた。
猫の実験はやっぱり大変
「今回の実験でわかった『ネコが自分の名前を認識している』というのは、飼い主さんにとって当然と思えることですよね。ネコは人間と暮らしてきた歴史が長く、とても身近な動物ですが、実はこうした基礎的な能力もまだほとんど研究されていません。ですから、まずは研究を積み重ねていくことが必要なんです」と齋藤先生。
こうした成果が増えていけば、猫をもっと幸せにしてあげることができる。そして、猫が関わってくる法律や条例を作る際にも科学的な裏付けがあるということが説得力になって、猫にとっても有益な内容にできる。
ただし、やっぱり猫の研究はなかなか大変らしい。齋藤先生は笑いをかみ殺しながら、「実験の際にそもそも出てきてくれないことがけっこうあります。出てきてくれてもすぐ気を散らしてしまう、逆に興奮して走り回ることもあります。それにネコはおいしいオヤツにもあまりつられてくれません。でも、そこがネコの魅力です」ときっぱり言い切る。
齋藤先生は人に媚びない猫が大好きなのだ。齋藤先生にとって、自由気ままな猫でも可能で、きちんと科学的に結果を示せる実験内容をデザインするのはとても面白いことらしい。確かに、猫の習性や行動パターンを考慮しながら実験内容を工夫していくのは、ミステリーのトリックやパズルを解くような楽しさがありそうだ。
録音された声による実験
今回の『ネコは自分の名前を認識している』という研究では、参加猫をビデオカメラで撮影しながら、猫からは見えない場所にあるスピーカーで音声を流して反応を観察するという実験が行われた。飼い主は別室にいて、実験中は同席していない。音声は、飼い主の声と猫にとって見知らぬ人の声によって、猫の名前、それと同じ長さの一般名詞を録音したものを用いた。
多頭飼いの猫では、同居猫の名前も加えて実験を行った。実験に使った一般名詞と猫の名前の音差がないことが確かめられているため、自分の名前の時にだけ声が高いといった音響的特徴があって、猫がそれに反応していたとは考えられない。
実験では、乳児や動物の心理実験で用いられている“馴化脱馴化(じゅんかだつじゅんか)”という手法が用いられた。馴化は同じ刺激を繰り返すと反応が弱まることで、その後新しい刺激により反応が戻るのが脱馴化。一般名詞で馴化した後、自分の名前で脱馴化が見られたことから、猫が自分の名前と他の名詞を区別できることがわかった。
齋藤先生は「名前は認識しているけれど、人間の相手をするかどうかはネコ次第です」とうれしそうに付け加える。そういえば齋藤先生は以前、『ネコは、飼い主の声と他人の声を聞き分けられる』研究の成果を発表した際にも「返事についてはつれない態度をとります」と補足していた。猫好きらしいこの一言が楽しい。
話しかけると猫との絆が深まる?
この研究は実際に猫を飼う上でも有効なヒントを与えてくれる。猫は自分の名前を認識しているので、ごはん・オヤツ・なでるなど猫にとってうれしいことがあるたびに名前を呼び、叱る時には名前を呼ばすに「こら」「ダメ」などと声をかけるようにすると名前にネガティブなイメージがつきにくい。
「ネコの飼い主さんは体験的に知っていたことだと思いますよ」と齋藤先生は説明するが、科学的な根拠ができたことで猫のことをよく知らない人にも説明をしやすくなった。
「今回の実験中に、多頭飼いのネコは同居ネコの名前に馴化しにくかったことから、同居ネコの名前の認識について同僚が現在調べています。また、人によって違う名前で呼ばれているネコでも、ちゃんと全部に反応していると思います。ネコが名前を認識するという研究だけに限っても広がりがあります」。
猫は「にゃー」という呼びかけを子どもの時に親に対して使うが、成猫同士では繁殖や闘争場面以外で音声コミュニケーションをほとんど行わない。そのため、猫にとっての人間は、世話をしてくれるだけでなく、声を頻繁にかけて音声コミュニケーションをとりたがる親子のような関係性を持った存在だと考えられる。
「飼いネコは人間を親の役割と見立てた行動をとりますが、個人的にはネコが親になっている瞬間もあると感じることがあります。これも研究したい分野のひとつですね」と齋藤先生。
声をたくさんかけることで猫と疑似親子関係の絆が深まり、逆におしゃべりな猫は飼い主を保護する行動をとりやすいのではなどと勝手な想像が膨らんでしまう。普段、猫に対して「面白い」「賢い」と思っていることを科学的に立証したいという齋藤先生の研究の行方が楽しみだ。
齋藤慈子先生
齋藤慈子先生(上智大学 総合人間科学部 心理学科 准教授)
文・吉澤由美子
写真・じゃんぼよしだ